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2011年03月01日

身体に対する必要以上の心配 87

お知らせ 東日本大震災の被災者及びご家族、お知り合いに被災者のいらっしゃる方のためにボランティアによる無料の電話によるこころのカウンセリングを行っております。24時間受け付けております。ご利用ください。℡03-5888-7354です。

今日も、強迫性障害に類似する障害として「身体に対する必要以上の心配」を述べます。

身体に対する必要以上の心配は、3種類あります。
それは「醜形障害」、「排便、排尿の障害」、「健康に対する必要以上の心配」です。

今日も「健康に対する必要以上の心配」を、述べます。
この「健康に対する必要以上の心配」も、強迫性障害に類似しています。
そして認知行動療法は有力な方法です。

具体的には「健康に対する必要以上の心配」は少し歩いて疲れると、それを重大なものと考えるようなことから起きます。

たとえば少し歩いて疲れると、それを重大な心臓病と考えるのです。
このようにほんの少しのことで、健康に対して必要以上に心配します。

日本の森田療法では、これを「とらわれ」と考えます。
その「とらわれ」の悪循環を、東洋的な発想から、断ち切るのです。

現実に生命にかかわるような重い病気を、心配することが多いのです。
それを必要以上に心配します。

生命にかかわるような重い病気ではないかと心配して、病院で検査を繰り返します。
検査の結果「心配しない」とは、絶対になれないのです。

病院の検査そのものが、ミスかもしれないと考えます。
その検査の結果は事務的なミス、人違いかもしれないと考えます。

森田療法の言葉を用いれば、「とらわれ」の悪循環をさ迷うのです。
この「とらわれ」の悪循環から、抜け出すには現実的な対応も大切です。
それは病気に対する、正確な知識です。

よって信頼できる医師を、一人見つけることが大切です。
その医師は、相性が良いことも大切です。

誰しも困っていることに対して信頼でき、相性のいい相談相手がいるだけで気持ちは楽になります。それが、現実的な対応です。

安心感そのものが、神経症的な身体に対する必要以上の心配を軽減させるのです。
「とらわれ」の悪循環から、抜け出すには安心感そのものも大切です。

さらにクライエント中心療法では、「身体に対する必要以上の心配をしている人」に対する関係性を重視します。それは無条件の肯定的な関心です。

多くの場合、「身体に対する必要以上の心配」に対して他人ごとのような対応をしがちです。
その結果、葛藤は深まります。

他人ごとのような対応をしなければ、それだけでいいのです。
それだけでも、葛藤は弱まります。

カウンセラーは純粋で、無条件の肯定的な関心を向けるのです。
それが大切です。このように葛藤は、現実の対応により減少することも多いのです。

その葛藤は、その人の「思い込み」から生まれます。
次回からは、神経症の人の「思い込み」を述べます。

  

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2011年03月02日

神経症の人の「思い込み」 1

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今日からは、神経症の人の「思い込み」を述べます。

神経症の人は、その人なりの「思い込み」に苦しんでいます。
ある人にとってはとても不安になることが、ある人にとってはまったく問題にされません。
逆にある人にとってはまったく問題にされないことが、ある人にとってはとても不安になります。
これはその人なりの「思い込み」が、異なるからです。

次回に、さらに述べます。  

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2011年03月03日

神経症の人の「思い込み」 2

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今日も、神経症の人の「思い込み」を述べます。

神経症の人は、その人なりの「思い込み」に苦しんでいます。
ある人にとってはとても不安になることが、ある人にとってはまったく問題にされません。
逆にある人にとってはまったく問題にされないことが、ある人にとってはとても不安になります。
これはその人なりの「思い込み」が、異なるからです。

それはそれぞれの不安を否定的に支える、「思い込み」があるからです。
それぞれの不安に、それぞれの「思い込み」は対応しています。

次回に、さらに述べます。  

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2011年03月04日

神経症の人の「思い込み」 3

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今日も、神経症の人の「思い込み」を述べます。

神経症の人は、その人なりの「思い込み」に苦しんでいます。
ある人にとってはとても不安になることが、ある人にとってはまったく問題にされません。
逆にある人にとってはまったく問題にされないことが、ある人にとってはとても不安になります。
これはその人なりの「思い込み」が、異なるからです。

それはそれぞれの不安を否定的に支える、「思い込み」があるからです。
それぞれの不安に、それぞれの「思い込み」は対応しています。

特に神経症の人の「思い込み」で多いのは、「見捨てられる不安」です。
自分が誰か、周囲の人から見捨てられることを恐れるのです。
そして「見捨てられる不安」に支配された人は、見捨てられないために生きることになります。

次回に、さらに述べます。  

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2011年03月05日

神経症の人の「思い込み」 4

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今日も、神経症の人の「思い込み」を述べます。

神経症の人は、その人なりの「思い込み」に苦しんでいます。
ある人にとってはとても不安になることが、ある人にとってはまったく問題にされません。
逆にある人にとってはまったく問題にされないことが、ある人にとってはとても不安になります。
これはその人なりの「思い込み」が、異なるからです。

それはそれぞれの不安を否定的に支える、「思い込み」があるからです。
それぞれの不安に、それぞれの「思い込み」は対応しています。

特に神経症の人の「思い込み」で多いのは、「見捨てられる不安」です。
自分が誰か、周囲の人から見捨てられることを恐れるのです。
そして「見捨てられる不安」に支配された人は、見捨てられないために生きることになります。

神経症の人は自分の「思い込み」に支配されて、「思い込み」から自分を守るために生きるのです。
カウンセリングは、その「思い込み」からの解放を目的とするものです。

次回に、さらに述べます。  

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2011年03月06日

神経症の人の「思い込み」 5

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今日も、神経症の人の「思い込み」を述べます。

神経症の人は、その人なりの「思い込み」に苦しんでいます。
ある人にとってはとても不安になることが、ある人にとってはまったく問題にされません。
逆にある人にとってはまったく問題にされないことが、ある人にとってはとても不安になります。
これはその人なりの「思い込み」が、異なるからです。

それはそれぞれの不安を否定的に支える、「思い込み」があるからです。
それぞれの不安に、それぞれの「思い込み」は対応しています。

特に神経症の人の「思い込み」で多いのは、「見捨てられる不安」です。
自分が誰か、周囲の人から見捨てられることを恐れるのです。
そして「見捨てられる不安」に支配された人は、見捨てられないために生きることになります。

神経症の人は自分の「思い込み」に支配されて、「思い込み」から自分を守るために生きるのです。
カウンセリングは、その「思い込み」からの解放を目的とするものです。

神経症の人はゆがんだ「思い込み」の中で、解決を進めます。
カウンセリングは、その「思い込み」という迷路から解放するものです。

次回に、さらに述べます。  

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2011年03月07日

神経症の人の「思い込み」 6

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今日も、神経症の人の「思い込み」を述べます。

神経症の人は、その人なりの「思い込み」に苦しんでいます。
ある人にとってはとても不安になることが、ある人にとってはまったく問題にされません。
逆にある人にとってはまったく問題にされないことが、ある人にとってはとても不安になります。
これはその人なりの「思い込み」が、異なるからです。

それはそれぞれの不安を否定的に支える、「思い込み」があるからです。
それぞれの不安に、それぞれの「思い込み」は対応しています。

特に神経症の人の「思い込み」で多いのは、「見捨てられる不安」です。
自分が誰か、周囲の人から見捨てられることを恐れるのです。
そして「見捨てられる不安」に支配された人は、見捨てられないために生きることになります。

神経症の人は自分の「思い込み」に支配されて、「思い込み」から自分を守るために生きるのです。
カウンセリングは、その「思い込み」からの解放を目的とするものです。

神経症の人はゆがんだ「思い込み」の中で、解決を進めます。
カウンセリングは、その「思い込み」という迷路から解放するものです。

神経症の人に多い「見捨てられる不安」を持つ人は、他者に執着します。
「見捨てられるという思い込み」ゆえの、執着です。

次回に、さらに述べます。  

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2011年03月08日

神経症の人の「思い込み」 7

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今日も、神経症の人の「思い込み」を述べます。

神経症の人は、その人なりの「思い込み」に苦しんでいます。
ある人にとってはとても不安になることが、ある人にとってはまったく問題にされません。
逆にある人にとってはまったく問題にされないことが、ある人にとってはとても不安になります。
これはその人なりの「思い込み」が、異なるからです。

それはそれぞれの不安を否定的に支える、「思い込み」があるからです。
それぞれの不安に、それぞれの「思い込み」は対応しています。

特に神経症の人の「思い込み」で多いのは、「見捨てられる不安」です。
自分が誰か、周囲の人から見捨てられることを恐れるのです。
そして「見捨てられる不安」に支配された人は、見捨てられないために生きることになります。

神経症の人は自分の「思い込み」に支配されて、「思い込み」から自分を守るために生きるのです。
カウンセリングは、その「思い込み」からの解放を目的とするものです。

神経症の人はゆがんだ「思い込み」の中で、解決を進めます。
カウンセリングは、その「思い込み」という迷路から解放するものです。

神経症の人に多い「見捨てられる不安」を持つ人は、他者に執着します。
「見捨てられるという思い込み」ゆえの、執着です。

人にたよりがちな態度を、とりがちです。
それは「見捨てられるという思い込み」ゆえの、態度です。

次回に、さらに述べます。  

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2011年03月09日

神経症の人の「思い込み」 8

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今日も、神経症の人の「思い込み」を述べます。

神経症の人は、その人なりの「思い込み」に苦しんでいます。
ある人にとってはとても不安になることが、ある人にとってはまったく問題にされません。
逆にある人にとってはまったく問題にされないことが、ある人にとってはとても不安になります。
これはその人なりの「思い込み」が、異なるからです。

それはそれぞれの不安を否定的に支える、「思い込み」があるからです。
それぞれの不安に、それぞれの「思い込み」は対応しています。

特に神経症の人の「思い込み」で多いのは、「見捨てられる不安」です。
自分が誰か、周囲の人から見捨てられることを恐れるのです。
そして「見捨てられる不安」に支配された人は、見捨てられないために生きることになります。

神経症の人は自分の「思い込み」に支配されて、「思い込み」から自分を守るために生きるのです。
カウンセリングは、その「思い込み」からの解放を目的とするものです。

神経症の人はゆがんだ「思い込み」の中で、解決を進めます。
カウンセリングは、その「思い込み」という迷路から解放するものです。

神経症の人に多い「見捨てられる不安」を持つ人は、他者に執着します。
「見捨てられるという思い込み」ゆえの、執着です。

人にたよりがちな態度を、とりがちです。
それは「見捨てられるという思い込み」ゆえの、態度です。

そしてその「見捨てられるという思い込み」は、他者を二つに分けます。
極端に理想化するか、極端に否定化するかです。両極端です。

次回に、さらに述べます。  

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2011年03月10日

神経症の人の「思い込み」 9

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今日も、神経症の人の「思い込み」を述べます。

神経症の人は、その人なりの「思い込み」に苦しんでいます。
ある人にとってはとても不安になることが、ある人にとってはまったく問題にされません。
逆にある人にとってはまったく問題にされないことが、ある人にとってはとても不安になります。
これはその人なりの「思い込み」が、異なるからです。

それはそれぞれの不安を否定的に支える、「思い込み」があるからです。
それぞれの不安に、それぞれの「思い込み」は対応しています。

特に神経症の人の「思い込み」で多いのは、「見捨てられる不安」です。
自分が誰か、周囲の人から見捨てられることを恐れるのです。
そして「見捨てられる不安」に支配された人は、見捨てられないために生きることになります。

神経症の人は自分の「思い込み」に支配されて、「思い込み」から自分を守るために生きるのです。
カウンセリングは、その「思い込み」からの解放を目的とするものです。

神経症の人はゆがんだ「思い込み」の中で、解決を進めます。
カウンセリングは、その「思い込み」という迷路から解放するものです。

神経症の人に多い「見捨てられる不安」を持つ人は、他者に執着します。
「見捨てられるという思い込み」ゆえの、執着です。

人にたよりがちな態度を、とりがちです。
それは「見捨てられるという思い込み」ゆえの、態度です。

そしてその「見捨てられるという思い込み」は、他者を二つに分けます。
極端に理想化するか、極端に否定化するかです。両極端です。

他者が極端に理想化されると、「この人はたよりがいのある、申し分のない人」
になります。

次回に、さらに述べます。  

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2011年03月11日

神経症の人の「思い込み」 10

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神経症の人は、その人なりの「思い込み」に苦しんでいます。
ある人にとってはとても不安になることが、ある人にとってはまったく問題にされません。
逆にある人にとってはまったく問題にされないことが、ある人にとってはとても不安になります。
これはその人なりの「思い込み」が、異なるからです。

それはそれぞれの不安を否定的に支える、「思い込み」があるからです。
それぞれの不安に、それぞれの「思い込み」は対応しています。

特に神経症の人の「思い込み」で多いのは、「見捨てられる不安」です。
自分が誰か、周囲の人から見捨てられることを恐れるのです。
そして「見捨てられる不安」に支配された人は、見捨てられないために生きることになります。

神経症の人は自分の「思い込み」に支配されて、「思い込み」から自分を守るために生きるのです。
カウンセリングは、その「思い込み」からの解放を目的とするものです。

神経症の人はゆがんだ「思い込み」の中で、解決を進めます。
カウンセリングは、その「思い込み」という迷路から解放するものです。

神経症の人に多い「見捨てられる不安」を持つ人は、他者に執着します。
「見捨てられるという思い込み」ゆえの、執着です。

人にたよりがちな態度を、とりがちです。
それは「見捨てられるという思い込み」ゆえの、態度です。

そしてその「見捨てられるという思い込み」は、他者を二つに分けます。
極端に理想化するか、極端に否定化するかです。両極端です。

他者が極端に理想化されると、「この人はたよりがいのある、申し分のない人」
になります。

逆に極端に否定化されると、「この人は他人を利用する、悪い人」
になります。

次回に、さらに述べます。  

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2011年03月12日

神経症の人の「思い込み」 11

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神経症の人は、その人なりの「思い込み」に苦しんでいます。
ある人にとってはとても不安になることが、ある人にとってはまったく問題にされません。
逆にある人にとってはまったく問題にされないことが、ある人にとってはとても不安になります。
これはその人なりの「思い込み」が、異なるからです。

それはそれぞれの不安を否定的に支える、「思い込み」があるからです。
それぞれの不安に、それぞれの「思い込み」は対応しています。

特に神経症の人の「思い込み」で多いのは、「見捨てられる不安」です。
自分が誰か、周囲の人から見捨てられることを恐れるのです。
そして「見捨てられる不安」に支配された人は、見捨てられないために生きることになります。

神経症の人は自分の「思い込み」に支配されて、「思い込み」から自分を守るために生きるのです。
カウンセリングは、その「思い込み」からの解放を目的とするものです。

神経症の人はゆがんだ「思い込み」の中で、解決を進めます。
カウンセリングは、その「思い込み」という迷路から解放するものです。

神経症の人に多い「見捨てられる不安」を持つ人は、他者に執着します。
「見捨てられるという思い込み」ゆえの、執着です。

人にたよりがちな態度を、とりがちです。
それは「見捨てられるという思い込み」ゆえの、態度です。

そしてその「見捨てられるという思い込み」は、他者を二つに分けます。
極端に理想化するか、極端に否定化するかです。両極端です。

他者が極端に理想化されると、「この人はたよりがいのある、申し分のない人」
になります。

逆に極端に否定化されると、「この人は他人を利用する、悪い人」
になります。

このように神経症の人の「思い込み」は、両極端なものになりがちです。
中間はありません。しかし現実は、ほぼ中間で動いているのです。

次回に、さらに述べます。  

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2011年03月13日

神経症の人の「思い込み」 12

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神経症の人は、その人なりの「思い込み」に苦しんでいます。
ある人にとってはとても不安になることが、ある人にとってはまったく問題にされません。
逆にある人にとってはまったく問題にされないことが、ある人にとってはとても不安になります。
これはその人なりの「思い込み」が、異なるからです。

それはそれぞれの不安を否定的に支える、「思い込み」があるからです。
それぞれの不安に、それぞれの「思い込み」は対応しています。

特に神経症の人の「思い込み」で多いのは、「見捨てられる不安」です。
自分が誰か、周囲の人から見捨てられることを恐れるのです。
そして「見捨てられる不安」に支配された人は、見捨てられないために生きることになります。

神経症の人は自分の「思い込み」に支配されて、「思い込み」から自分を守るために生きるのです。
カウンセリングは、その「思い込み」からの解放を目的とするものです。

神経症の人はゆがんだ「思い込み」の中で、解決を進めます。
カウンセリングは、その「思い込み」という迷路から解放するものです。

神経症の人に多い「見捨てられる不安」を持つ人は、他者に執着します。
「見捨てられるという思い込み」ゆえの、執着です。

人にたよりがちな態度を、とりがちです。
それは「見捨てられるという思い込み」ゆえの、態度です。

そしてその「見捨てられるという思い込み」は、他者を二つに分けます。
極端に理想化するか、極端に否定化するかです。両極端です。

他者が極端に理想化されると、「この人はたよりがいのある、申し分のない人」
になります。

逆に極端に否定化されると、「この人は他人を利用する、悪い人」
になります。

このように神経症の人の「思い込み」は、両極端なものになりがちです。
中間はありません。しかし現実は、ほぼ中間で動いているのです。

現実はほぼ中間で動いているのに、神経症の人の「思い込み」は両極端なものです。
その結果、現実がチグハグなものになりがちです。

次回に、さらに述べます。  

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2011年03月14日

神経症の人の「思い込み」 13

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神経症の人は、その人なりの「思い込み」に苦しんでいます。
ある人にとってはとても不安になることが、ある人にとってはまったく問題にされません。
逆にある人にとってはまったく問題にされないことが、ある人にとってはとても不安になります。
これはその人なりの「思い込み」が、異なるからです。

それはそれぞれの不安を否定的に支える、「思い込み」があるからです。
それぞれの不安に、それぞれの「思い込み」は対応しています。

特に神経症の人の「思い込み」で多いのは、「見捨てられる不安」です。
自分が誰か、周囲の人から見捨てられることを恐れるのです。
そして「見捨てられる不安」に支配された人は、見捨てられないために生きることになります。

神経症の人は自分の「思い込み」に支配されて、「思い込み」から自分を守るために生きるのです。
カウンセリングは、その「思い込み」からの解放を目的とするものです。

神経症の人はゆがんだ「思い込み」の中で、解決を進めます。
カウンセリングは、その「思い込み」という迷路から解放するものです。

神経症の人に多い「見捨てられる不安」を持つ人は、他者に執着します。
「見捨てられるという思い込み」ゆえの、執着です。

人にたよりがちな態度を、とりがちです。
それは「見捨てられるという思い込み」ゆえの、態度です。

そしてその「見捨てられるという思い込み」は、他者を二つに分けます。
極端に理想化するか、極端に否定化するかです。両極端です。

他者が極端に理想化されると、「この人はたよりがいのある、申し分のない人」
になります。

逆に極端に否定化されると、「この人は他人を利用する、悪い人」
になります。

このように神経症の人の「思い込み」は、両極端なものになりがちです。
中間はありません。しかし現実は、ほぼ中間で動いているのです。

現実はほぼ中間で動いているのに、神経症の人の「思い込み」は両極端なものです。
その結果、現実がチグハグなものになりがちです。

神経症の人の「思い込み」が両極端であるのは、神経症の人がゆがんだ「思い込み」に支配されているからです。よってそのゆがんだ「思い込み」から解放されることが、カウンセリングの目標になります。

次回に、さらに述べます。  

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2011年03月15日

神経症の人の「思い込み」 14

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今日も、神経症の人の「思い込み」を述べます。

神経症の人は、その人なりの「思い込み」に苦しんでいます。
ある人にとってはとても不安になることが、ある人にとってはまったく問題にされません。
逆にある人にとってはまったく問題にされないことが、ある人にとってはとても不安になります。
これはその人なりの「思い込み」が、異なるからです。

それはそれぞれの不安を否定的に支える、「思い込み」があるからです。
それぞれの不安に、それぞれの「思い込み」は対応しています。

特に神経症の人の「思い込み」で多いのは、「見捨てられる不安」です。
自分が誰か、周囲の人から見捨てられることを恐れるのです。
そして「見捨てられる不安」に支配された人は、見捨てられないために生きることになります。

神経症の人は自分の「思い込み」に支配されて、「思い込み」から自分を守るために生きるのです。
カウンセリングは、その「思い込み」からの解放を目的とするものです。

神経症の人はゆがんだ「思い込み」の中で、解決を進めます。
カウンセリングは、その「思い込み」という迷路から解放するものです。

神経症の人に多い「見捨てられる不安」を持つ人は、他者に執着します。
「見捨てられるという思い込み」ゆえの、執着です。

人にたよりがちな態度を、とりがちです。
それは「見捨てられるという思い込み」ゆえの、態度です。

そしてその「見捨てられるという思い込み」は、他者を二つに分けます。
極端に理想化するか、極端に否定化するかです。両極端です。

他者が極端に理想化されると、「この人はたよりがいのある、申し分のない人」
になります。

逆に極端に否定化されると、「この人は他人を利用する、悪い人」
になります。

このように神経症の人の「思い込み」は、両極端なものになりがちです。
中間はありません。しかし現実は、ほぼ中間で動いているのです。

現実はほぼ中間で動いているのに、神経症の人の「思い込み」は両極端なものです。
その結果、現実がチグハグなものになりがちです。

神経症の人の「思い込み」が両極端であるのは、神経症の人がゆがんだ「思い込み」に支配されているからです。よってそのゆがんだ「思い込み」から解放されることが、カウンセリングの目標になります。

その神経症の人の「思い込み」は、性格的な特徴として生活に現れます。
それは、消極さです。

次回に、さらに述べます。  

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2011年03月16日

神経症の人の「思い込み」 15

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今日も、神経症の人の「思い込み」を述べます。

神経症の人は、その人なりの「思い込み」に苦しんでいます。
ある人にとってはとても不安になることが、ある人にとってはまったく問題にされません。
逆にある人にとってはまったく問題にされないことが、ある人にとってはとても不安になります。
これはその人なりの「思い込み」が、異なるからです。

それはそれぞれの不安を否定的に支える、「思い込み」があるからです。
それぞれの不安に、それぞれの「思い込み」は対応しています。

特に神経症の人の「思い込み」で多いのは、「見捨てられる不安」です。
自分が誰か、周囲の人から見捨てられることを恐れるのです。
そして「見捨てられる不安」に支配された人は、見捨てられないために生きることになります。

神経症の人は自分の「思い込み」に支配されて、「思い込み」から自分を守るために生きるのです。
カウンセリングは、その「思い込み」からの解放を目的とするものです。

神経症の人はゆがんだ「思い込み」の中で、解決を進めます。
カウンセリングは、その「思い込み」という迷路から解放するものです。

神経症の人に多い「見捨てられる不安」を持つ人は、他者に執着します。
「見捨てられるという思い込み」ゆえの、執着です。

人にたよりがちな態度を、とりがちです。
それは「見捨てられるという思い込み」ゆえの、態度です。

そしてその「見捨てられるという思い込み」は、他者を二つに分けます。
極端に理想化するか、極端に否定化するかです。両極端です。

他者が極端に理想化されると、「この人はたよりがいのある、申し分のない人」
になります。

逆に極端に否定化されると、「この人は他人を利用する、悪い人」
になります。

このように神経症の人の「思い込み」は、両極端なものになりがちです。
中間はありません。しかし現実は、ほぼ中間で動いているのです。

現実はほぼ中間で動いているのに、神経症の人の「思い込み」は両極端なものです。
その結果、現実がチグハグなものになりがちです。

神経症の人の「思い込み」が両極端であるのは、神経症の人がゆがんだ「思い込み」に支配されているからです。よってそのゆがんだ「思い込み」から解放されることが、カウンセリングの目標になります。

その神経症の人の「思い込み」は、性格的な特徴として生活に現れます。
それは、消極さです。

正確には、「性格的な消極さ」です。
何ごとにも、積極的にはなれません。

次回に、さらに述べます。  

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2011年03月17日

神経症の人の「思い込み」 16

お知らせ 東日本大震災の被災者及びご家族、お知り合いに被災者のいらっしゃる方のためにボランティアによる無料の電話によるこころのカウンセリングを行っております。24時間受け付けております。ご利用ください。℡03-5888-7354です。

今日も、神経症の人の「思い込み」を述べます。

神経症の人は、その人なりの「思い込み」に苦しんでいます。
ある人にとってはとても不安になることが、ある人にとってはまったく問題にされません。
逆にある人にとってはまったく問題にされないことが、ある人にとってはとても不安になります。
これはその人なりの「思い込み」が、異なるからです。

それはそれぞれの不安を否定的に支える、「思い込み」があるからです。
それぞれの不安に、それぞれの「思い込み」は対応しています。

特に神経症の人の「思い込み」で多いのは、「見捨てられる不安」です。
自分が誰か、周囲の人から見捨てられることを恐れるのです。
そして「見捨てられる不安」に支配された人は、見捨てられないために生きることになります。

神経症の人は自分の「思い込み」に支配されて、「思い込み」から自分を守るために生きるのです。
カウンセリングは、その「思い込み」からの解放を目的とするものです。

神経症の人はゆがんだ「思い込み」の中で、解決を進めます。
カウンセリングは、その「思い込み」という迷路から解放するものです。

神経症の人に多い「見捨てられる不安」を持つ人は、他者に執着します。
「見捨てられるという思い込み」ゆえの、執着です。

人にたよりがちな態度を、とりがちです。
それは「見捨てられるという思い込み」ゆえの、態度です。

そしてその「見捨てられるという思い込み」は、他者を二つに分けます。
極端に理想化するか、極端に否定化するかです。両極端です。

他者が極端に理想化されると、「この人はたよりがいのある、申し分のない人」
になります。

逆に極端に否定化されると、「この人は他人を利用する、悪い人」
になります。

このように神経症の人の「思い込み」は、両極端なものになりがちです。
中間はありません。しかし現実は、ほぼ中間で動いているのです。

現実はほぼ中間で動いているのに、神経症の人の「思い込み」は両極端なものです。
その結果、現実がチグハグなものになりがちです。

神経症の人の「思い込み」が両極端であるのは、神経症の人がゆがんだ「思い込み」に支配されているからです。よってそのゆがんだ「思い込み」から解放されることが、カウンセリングの目標になります。

その神経症の人の「思い込み」は、性格的な特徴として生活に現れます。
それは、消極さです。

正確には「性格的な消極さ」であり、何ごとにも積極的にはなれません。
このように神経症の人の「思い込み」は、性格も形成します。
「思い込み」そのものが、性格として固定化します。

次回に、さらに述べます。  

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2011年03月18日

神経症の人の「思い込み」 17

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今日も、神経症の人の「思い込み」を述べます。

神経症の人は、その人なりの「思い込み」に苦しんでいます。
ある人にとってはとても不安になることが、ある人にとってはまったく問題にされません。
逆にある人にとってはまったく問題にされないことが、ある人にとってはとても不安になります。
これはその人なりの「思い込み」が、異なるからです。

それはそれぞれの不安を否定的に支える、「思い込み」があるからです。
それぞれの不安に、それぞれの「思い込み」は対応しています。

特に神経症の人の「思い込み」で多いのは、「見捨てられる不安」です。
自分が誰か、周囲の人から見捨てられることを恐れるのです。
そして「見捨てられる不安」に支配された人は、見捨てられないために生きることになります。

神経症の人は自分の「思い込み」に支配されて、「思い込み」から自分を守るために生きるのです。
カウンセリングは、その「思い込み」からの解放を目的とするものです。

神経症の人はゆがんだ「思い込み」の中で、解決を進めます。
カウンセリングは、その「思い込み」という迷路から解放するものです。

神経症の人に多い「見捨てられる不安」を持つ人は、他者に執着します。
「見捨てられるという思い込み」ゆえの、執着です。

人にたよりがちな態度を、とりがちです。
それは「見捨てられるという思い込み」ゆえの、態度です。

そしてその「見捨てられるという思い込み」は、他者を二つに分けます。
極端に理想化するか、極端に否定化するかです。両極端です。

他者が極端に理想化されると、「この人はたよりがいのある、申し分のない人」
になります。

逆に極端に否定化されると、「この人は他人を利用する、悪い人」
になります。

このように神経症の人の「思い込み」は、両極端なものになりがちです。
中間はありません。しかし現実は、ほぼ中間で動いているのです。

現実はほぼ中間で動いているのに、神経症の人の「思い込み」は両極端なものです。
その結果、現実がチグハグなものになりがちです。

神経症の人の「思い込み」が両極端であるのは、神経症の人がゆがんだ「思い込み」に支配されているからです。よってそのゆがんだ「思い込み」から解放されることが、カウンセリングの目標になります。

その神経症の人の「思い込み」は、性格的な特徴として生活に現れます。
それは、消極さです。

正確には「性格的な消極さ」であり、何ごとにも積極的にはなれません。
このように神経症の人の「思い込み」は、性格も形成します。
「思い込み」そのものが、性格として固定化します。

その性格として固定化した「思い込み」は、強く固定化します。
個人のすべても、決定するようになります。

次回に、さらに述べます。  

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2011年03月19日

神経症の人の「思い込み」 18

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今日も、神経症の人の「思い込み」を述べます。

神経症の人は、その人なりの「思い込み」に苦しんでいます。
ある人にとってはとても不安になることが、ある人にとってはまったく問題にされません。
逆にある人にとってはまったく問題にされないことが、ある人にとってはとても不安になります。
これはその人なりの「思い込み」が、異なるからです。

それはそれぞれの不安を否定的に支える、「思い込み」があるからです。
それぞれの不安に、それぞれの「思い込み」は対応しています。

特に神経症の人の「思い込み」で多いのは、「見捨てられる不安」です。
自分が誰か、周囲の人から見捨てられることを恐れるのです。
そして「見捨てられる不安」に支配された人は、見捨てられないために生きることになります。

神経症の人は自分の「思い込み」に支配されて、「思い込み」から自分を守るために生きるのです。
カウンセリングは、その「思い込み」からの解放を目的とするものです。

神経症の人はゆがんだ「思い込み」の中で、解決を進めます。
カウンセリングは、その「思い込み」という迷路から解放するものです。

神経症の人に多い「見捨てられる不安」を持つ人は、他者に執着します。
「見捨てられるという思い込み」ゆえの、執着です。

人にたよりがちな態度を、とりがちです。
それは「見捨てられるという思い込み」ゆえの、態度です。

そしてその「見捨てられるという思い込み」は、他者を二つに分けます。
極端に理想化するか、極端に否定化するかです。両極端です。

他者が極端に理想化されると、「この人はたよりがいのある、申し分のない人」
になります。

逆に極端に否定化されると、「この人は他人を利用する、悪い人」
になります。

このように神経症の人の「思い込み」は、両極端なものになりがちです。
中間はありません。しかし現実は、ほぼ中間で動いているのです。

現実はほぼ中間で動いているのに、神経症の人の「思い込み」は両極端なものです。
その結果、現実がチグハグなものになりがちです。

神経症の人の「思い込み」が両極端であるのは、神経症の人がゆがんだ「思い込み」に支配されているからです。よってそのゆがんだ「思い込み」から解放されることが、カウンセリングの目標になります。

その神経症の人の「思い込み」は、性格的な特徴として生活に現れます。
それは、消極さです。

正確には「性格的な消極さ」であり、何ごとにも積極的にはなれません。
このように神経症の人の「思い込み」は、性格も形成します。
「思い込み」そのものが、性格として固定化します。

その性格として固定化した「思い込み」は、強く固定化します。
個人のすべても、決定するようになります。

神経症の人の「思い込み」の解決は、同時に性格の改善も含んでいます。
このように神経症と性格は、関係しています。

次回に、さらに述べます。  

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2011年03月20日

神経症の人の「思い込み」 19

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今日も、神経症の人の「思い込み」を述べます。

神経症の人は、その人なりの「思い込み」に苦しんでいます。
ある人にとってはとても不安になることが、ある人にとってはまったく問題にされません。
逆にある人にとってはまったく問題にされないことが、ある人にとってはとても不安になります。
これはその人なりの「思い込み」が、異なるからです。

それはそれぞれの不安を否定的に支える、「思い込み」があるからです。
それぞれの不安に、それぞれの「思い込み」は対応しています。

特に神経症の人の「思い込み」で多いのは、「見捨てられる不安」です。
自分が誰か、周囲の人から見捨てられることを恐れるのです。
そして「見捨てられる不安」に支配された人は、見捨てられないために生きることになります。

神経症の人は自分の「思い込み」に支配されて、「思い込み」から自分を守るために生きるのです。
カウンセリングは、その「思い込み」からの解放を目的とするものです。

神経症の人はゆがんだ「思い込み」の中で、解決を進めます。
カウンセリングは、その「思い込み」という迷路から解放するものです。

神経症の人に多い「見捨てられる不安」を持つ人は、他者に執着します。
「見捨てられるという思い込み」ゆえの、執着です。

人にたよりがちな態度を、とりがちです。
それは「見捨てられるという思い込み」ゆえの、態度です。

そしてその「見捨てられるという思い込み」は、他者を二つに分けます。
極端に理想化するか、極端に否定化するかです。両極端です。

他者が極端に理想化されると、「この人はたよりがいのある、申し分のない人」
になります。

逆に極端に否定化されると、「この人は他人を利用する、悪い人」
になります。

このように神経症の人の「思い込み」は、両極端なものになりがちです。
中間はありません。しかし現実は、ほぼ中間で動いているのです。

現実はほぼ中間で動いているのに、神経症の人の「思い込み」は両極端なものです。
その結果、現実がチグハグなものになりがちです。

神経症の人の「思い込み」が両極端であるのは、神経症の人がゆがんだ「思い込み」に支配されているからです。よってそのゆがんだ「思い込み」から解放されることが、カウンセリングの目標になります。

その神経症の人の「思い込み」は、性格的な特徴として生活に現れます。
それは、消極さです。

正確には「性格的な消極さ」であり、何ごとにも積極的にはなれません。
このように神経症の人の「思い込み」は、性格も形成します。
「思い込み」そのものが、性格として固定化します。

その性格として固定化した「思い込み」は、強く固定化します。
個人のすべても、決定するようになります。

神経症の人の「思い込み」の解決は、同時に性格の改善も含んでいます。
このように神経症と性格は、関係しています。

神経症の人は「性格的な消極さ」ゆえに、何ごとにも積極的にはなれません。
これは「見捨てられる恐れ」によるものです。
人に頼りがちな行動を、とりがちです。

次回に、さらに述べます。  

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2011年03月21日

神経症の人の「思い込み」 20

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今日も、神経症の人の「思い込み」を述べます。

神経症の人は、その人なりの「思い込み」に苦しんでいます。
ある人にとってはとても不安になることが、ある人にとってはまったく問題にされません。
逆にある人にとってはまったく問題にされないことが、ある人にとってはとても不安になります。
これはその人なりの「思い込み」が、異なるからです。

それはそれぞれの不安を否定的に支える、「思い込み」があるからです。
それぞれの不安に、それぞれの「思い込み」は対応しています。

特に神経症の人の「思い込み」で多いのは、「見捨てられる不安」です。
自分が誰か、周囲の人から見捨てられることを恐れるのです。
そして「見捨てられる不安」に支配された人は、見捨てられないために生きることになります。

神経症の人は自分の「思い込み」に支配されて、「思い込み」から自分を守るために生きるのです。
カウンセリングは、その「思い込み」からの解放を目的とするものです。

神経症の人はゆがんだ「思い込み」の中で、解決を進めます。
カウンセリングは、その「思い込み」という迷路から解放するものです。

神経症の人に多い「見捨てられる不安」を持つ人は、他者に執着します。
「見捨てられるという思い込み」ゆえの、執着です。

人にたよりがちな態度を、とりがちです。
それは「見捨てられるという思い込み」ゆえの、態度です。

そしてその「見捨てられるという思い込み」は、他者を二つに分けます。
極端に理想化するか、極端に否定化するかです。両極端です。

他者が極端に理想化されると、「この人はたよりがいのある、申し分のない人」
になります。

逆に極端に否定化されると、「この人は他人を利用する、悪い人」
になります。

このように神経症の人の「思い込み」は、両極端なものになりがちです。
中間はありません。しかし現実は、ほぼ中間で動いているのです。

現実はほぼ中間で動いているのに、神経症の人の「思い込み」は両極端なものです。
その結果、現実がチグハグなものになりがちです。

神経症の人の「思い込み」が両極端であるのは、神経症の人がゆがんだ「思い込み」に支配されているからです。よってそのゆがんだ「思い込み」から解放されることが、カウンセリングの目標になります。

その神経症の人の「思い込み」は、性格的な特徴として生活に現れます。
それは、消極さです。

正確には「性格的な消極さ」であり、何ごとにも積極的にはなれません。
このように神経症の人の「思い込み」は、性格も形成します。
「思い込み」そのものが、性格として固定化します。

その性格として固定化した「思い込み」は、強く固定化します。
個人のすべても、決定するようになります。

神経症の人の「思い込み」の解決は、同時に性格の改善も含んでいます。
このように神経症と性格は、関係しています。

神経症の人は「性格的な消極さ」ゆえに、何ごとにも積極的にはなれません。
これは「見捨てられる恐れ」によるものです。
人に頼りがちな行動を、とりがちです。

自分の本当の気持ちを、かくして生きています。
そのために味気なく、不完全燃焼で生きていることが多いのです。

次回に、さらに述べます。  

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2011年03月22日

神経症の人の「思い込み」 21

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今日も、神経症の人の「思い込み」を述べます。

神経症の人は、その人なりの「思い込み」に苦しんでいます。
ある人にとってはとても不安になることが、ある人にとってはまったく問題にされません。
逆にある人にとってはまったく問題にされないことが、ある人にとってはとても不安になります。
これはその人なりの「思い込み」が、異なるからです。

それはそれぞれの不安を否定的に支える、「思い込み」があるからです。
それぞれの不安に、それぞれの「思い込み」は対応しています。

特に神経症の人の「思い込み」で多いのは、「見捨てられる不安」です。
自分が誰か、周囲の人から見捨てられることを恐れるのです。
そして「見捨てられる不安」に支配された人は、見捨てられないために生きることになります。

神経症の人は自分の「思い込み」に支配されて、「思い込み」から自分を守るために生きるのです。
カウンセリングは、その「思い込み」からの解放を目的とするものです。

神経症の人はゆがんだ「思い込み」の中で、解決を進めます。
カウンセリングは、その「思い込み」という迷路から解放するものです。

神経症の人に多い「見捨てられる不安」を持つ人は、他者に執着します。
「見捨てられるという思い込み」ゆえの、執着です。

人にたよりがちな態度を、とりがちです。
それは「見捨てられるという思い込み」ゆえの、態度です。

そしてその「見捨てられるという思い込み」は、他者を二つに分けます。
極端に理想化するか、極端に否定化するかです。両極端です。

他者が極端に理想化されると、「この人はたよりがいのある、申し分のない人」
になります。

逆に極端に否定化されると、「この人は他人を利用する、悪い人」
になります。

このように神経症の人の「思い込み」は、両極端なものになりがちです。
中間はありません。しかし現実は、ほぼ中間で動いているのです。

現実はほぼ中間で動いているのに、神経症の人の「思い込み」は両極端なものです。
その結果、現実がチグハグなものになりがちです。

神経症の人の「思い込み」が両極端であるのは、神経症の人がゆがんだ「思い込み」に支配されているからです。よってそのゆがんだ「思い込み」から解放されることが、カウンセリングの目標になります。

その神経症の人の「思い込み」は、性格的な特徴として生活に現れます。
それは、消極さです。

正確には「性格的な消極さ」であり、何ごとにも積極的にはなれません。
このように神経症の人の「思い込み」は、性格も形成します。
「思い込み」そのものが、性格として固定化します。

その性格として固定化した「思い込み」は、強く固定化します。
個人のすべても、決定するようになります。

神経症の人の「思い込み」の解決は、同時に性格の改善も含んでいます。
このように神経症と性格は、関係しています。

神経症の人は「性格的な消極さ」ゆえに、何ごとにも積極的にはなれません。
これは「見捨てられる恐れ」によるものです。
人に頼りがちな行動を、とりがちです。

自分の本当の気持ちを、かくして生きています。
そのために味気なく、不完全燃焼で生きていることが多いのです。

神経症の人は自分自身の「思い込み」により味気なく、不完全燃焼で生きていることが多いのです。
かつその「思い込み」は、事実ではないのです。

次回に、さらに述べます。  

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2011年03月23日

神経症の人の「思い込み」 22

明けましておめでとうございます。
本年も、このブログを宜しくお願いいたします。

なお当相談室は、お正月も相談を行っております。
特に受験生の方で、相談を希望される方はご連絡ください。
誠実に、アドバイスします!

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今日も、神経症の人の「思い込み」を述べます。

神経症の人は、その人なりの「思い込み」に苦しんでいます。
ある人にとってはとても不安になることが、ある人にとってはまったく問題にされません。
逆にある人にとってはまったく問題にされないことが、ある人にとってはとても不安になります。
これはその人なりの「思い込み」が、異なるからです。

それはそれぞれの不安を否定的に支える、「思い込み」があるからです。
それぞれの不安に、それぞれの「思い込み」は対応しています。

特に神経症の人の「思い込み」で多いのは、「見捨てられる不安」です。
自分が誰か、周囲の人から見捨てられることを恐れるのです。
そして「見捨てられる不安」に支配された人は、見捨てられないために生きることになります。

神経症の人は自分の「思い込み」に支配されて、「思い込み」から自分を守るために生きるのです。
カウンセリングは、その「思い込み」からの解放を目的とするものです。

神経症の人はゆがんだ「思い込み」の中で、解決を進めます。
カウンセリングは、その「思い込み」という迷路から解放するものです。

神経症の人に多い「見捨てられる不安」を持つ人は、他者に執着します。
「見捨てられるという思い込み」ゆえの、執着です。

人にたよりがちな態度を、とりがちです。
それは「見捨てられるという思い込み」ゆえの、態度です。

そしてその「見捨てられるという思い込み」は、他者を二つに分けます。
極端に理想化するか、極端に否定化するかです。両極端です。

他者が極端に理想化されると、「この人はたよりがいのある、申し分のない人」
になります。

逆に極端に否定化されると、「この人は他人を利用する、悪い人」
になります。

このように神経症の人の「思い込み」は、両極端なものになりがちです。
中間はありません。しかし現実は、ほぼ中間で動いているのです。

現実はほぼ中間で動いているのに、神経症の人の「思い込み」は両極端なものです。
その結果、現実がチグハグなものになりがちです。

神経症の人の「思い込み」が両極端であるのは、神経症の人がゆがんだ「思い込み」に支配されているからです。よってそのゆがんだ「思い込み」から解放されることが、カウンセリングの目標になります。

その神経症の人の「思い込み」は、性格的な特徴として生活に現れます。
それは、消極さです。

正確には「性格的な消極さ」であり、何ごとにも積極的にはなれません。
このように神経症の人の「思い込み」は、性格も形成します。
「思い込み」そのものが、性格として固定化します。

その性格として固定化した「思い込み」は、強く固定化します。
個人のすべても、決定するようになります。

神経症の人の「思い込み」の解決は、同時に性格の改善も含んでいます。
このように神経症と性格は、関係しています。

神経症の人は「性格的な消極さ」ゆえに、何ごとにも積極的にはなれません。
これは「見捨てられる恐れ」によるものです。
人に頼りがちな行動を、とりがちです。

自分の本当の気持ちを、かくして生きています。
そのために味気なく、不完全燃焼で生きていることが多いのです。

神経症の人は自分自身の「思い込み」により味気なく、不完全燃焼で生きていることが多いのです。
かつその「思い込み」は、事実ではないのです。

本当にないことを心配しているがゆえに味気なく、不完全燃焼に生きざるを得ないともいえます。
お化けにより、苦しめられているのです。

次回に、さらに述べます。  

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2011年03月24日

神経症の人の「思い込み」 23

お知らせ 東日本大震災の被災者及びご家族、お知り合いに被災者のいらっしゃる方のためにボランティアによる無料の電話によるこころのカウンセリングを行っております。24時間受け付けております。ご利用ください。℡03-5888-7354です。

今日も、神経症の人の「思い込み」を述べます。

神経症の人は、その人なりの「思い込み」に苦しんでいます。
ある人にとってはとても不安になることが、ある人にとってはまったく問題にされません。
逆にある人にとってはまったく問題にされないことが、ある人にとってはとても不安になります。
これはその人なりの「思い込み」が、異なるからです。

それはそれぞれの不安を否定的に支える、「思い込み」があるからです。
それぞれの不安に、それぞれの「思い込み」は対応しています。

特に神経症の人の「思い込み」で多いのは、「見捨てられる不安」です。
自分が誰か、周囲の人から見捨てられることを恐れるのです。
そして「見捨てられる不安」に支配された人は、見捨てられないために生きることになります。

神経症の人は自分の「思い込み」に支配されて、「思い込み」から自分を守るために生きるのです。
カウンセリングは、その「思い込み」からの解放を目的とするものです。

神経症の人はゆがんだ「思い込み」の中で、解決を進めます。
カウンセリングは、その「思い込み」という迷路から解放するものです。

神経症の人に多い「見捨てられる不安」を持つ人は、他者に執着します。
「見捨てられるという思い込み」ゆえの、執着です。

人にたよりがちな態度を、とりがちです。
それは「見捨てられるという思い込み」ゆえの、態度です。

そしてその「見捨てられるという思い込み」は、他者を二つに分けます。
極端に理想化するか、極端に否定化するかです。両極端です。

他者が極端に理想化されると、「この人はたよりがいのある、申し分のない人」
になります。

逆に極端に否定化されると、「この人は他人を利用する、悪い人」
になります。

このように神経症の人の「思い込み」は、両極端なものになりがちです。
中間はありません。しかし現実は、ほぼ中間で動いているのです。

現実はほぼ中間で動いているのに、神経症の人の「思い込み」は両極端なものです。
その結果、現実がチグハグなものになりがちです。

神経症の人の「思い込み」が両極端であるのは、神経症の人がゆがんだ「思い込み」に支配されているからです。よってそのゆがんだ「思い込み」から解放されることが、カウンセリングの目標になります。

その神経症の人の「思い込み」は、性格的な特徴として生活に現れます。
それは、消極さです。

正確には「性格的な消極さ」であり、何ごとにも積極的にはなれません。
このように神経症の人の「思い込み」は、性格も形成します。
「思い込み」そのものが、性格として固定化します。

その性格として固定化した「思い込み」は、強く固定化します。
個人のすべても、決定するようになります。

神経症の人の「思い込み」の解決は、同時に性格の改善も含んでいます。
このように神経症と性格は、関係しています。

神経症の人は「性格的な消極さ」ゆえに、何ごとにも積極的にはなれません。
これは「見捨てられる恐れ」によるものです。
人に頼りがちな行動を、とりがちです。

自分の本当の気持ちを、かくして生きています。
そのために味気なく、不完全燃焼で生きていることが多いのです。

神経症の人は自分自身の「思い込み」により味気なく、不完全燃焼で生きていることが多いのです。
かつその「思い込み」は、事実ではないのです。

本当にないことを心配しているがゆえに味気なく、不完全燃焼に生きざるを得ないともいえます。
お化けにより、苦しめられているのです。

そのお化けは、サービス精神おうせいな人を求めます。
神経症の人の「思い込み」はその人を、サービス精神おうせいな人にしてしまうのです。

次回に、さらに述べます。  

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2011年03月25日

神経症の人の「思い込み」 24

お知らせ 東日本大震災の被災者及びご家族、お知り合いに被災者のいらっしゃる方のためにボランティアによる無料の電話によるこころのカウンセリングを行っております。24時間受け付けております。ご利用ください。℡03-5888-7354です。

今日も、神経症の人の「思い込み」を述べます。

神経症の人は、その人なりの「思い込み」に苦しんでいます。
ある人にとってはとても不安になることが、ある人にとってはまったく問題にされません。
逆にある人にとってはまったく問題にされないことが、ある人にとってはとても不安になります。
これはその人なりの「思い込み」が、異なるからです。

それはそれぞれの不安を否定的に支える、「思い込み」があるからです。
それぞれの不安に、それぞれの「思い込み」は対応しています。

特に神経症の人の「思い込み」で多いのは、「見捨てられる不安」です。
自分が誰か、周囲の人から見捨てられることを恐れるのです。
そして「見捨てられる不安」に支配された人は、見捨てられないために生きることになります。

神経症の人は自分の「思い込み」に支配されて、「思い込み」から自分を守るために生きるのです。
カウンセリングは、その「思い込み」からの解放を目的とするものです。

神経症の人はゆがんだ「思い込み」の中で、解決を進めます。
カウンセリングは、その「思い込み」という迷路から解放するものです。

神経症の人に多い「見捨てられる不安」を持つ人は、他者に執着します。
「見捨てられるという思い込み」ゆえの、執着です。

人にたよりがちな態度を、とりがちです。
それは「見捨てられるという思い込み」ゆえの、態度です。

そしてその「見捨てられるという思い込み」は、他者を二つに分けます。
極端に理想化するか、極端に否定化するかです。両極端です。

他者が極端に理想化されると、「この人はたよりがいのある、申し分のない人」
になります。

逆に極端に否定化されると、「この人は他人を利用する、悪い人」
になります。

このように神経症の人の「思い込み」は、両極端なものになりがちです。
中間はありません。しかし現実は、ほぼ中間で動いているのです。

現実はほぼ中間で動いているのに、神経症の人の「思い込み」は両極端なものです。
その結果、現実がチグハグなものになりがちです。

神経症の人の「思い込み」が両極端であるのは、神経症の人がゆがんだ「思い込み」に支配されているからです。よってそのゆがんだ「思い込み」から解放されることが、カウンセリングの目標になります。

その神経症の人の「思い込み」は、性格的な特徴として生活に現れます。
それは、消極さです。

正確には「性格的な消極さ」であり、何ごとにも積極的にはなれません。
このように神経症の人の「思い込み」は、性格も形成します。
「思い込み」そのものが、性格として固定化します。

その性格として固定化した「思い込み」は、強く固定化します。
個人のすべても、決定するようになります。

神経症の人の「思い込み」の解決は、同時に性格の改善も含んでいます。
このように神経症と性格は、関係しています。

神経症の人は「性格的な消極さ」ゆえに、何ごとにも積極的にはなれません。
これは「見捨てられる恐れ」によるものです。
人に頼りがちな行動を、とりがちです。

自分の本当の気持ちを、かくして生きています。
そのために味気なく、不完全燃焼で生きていることが多いのです。

神経症の人は自分自身の「思い込み」により味気なく、不完全燃焼で生きていることが多いのです。
かつその「思い込み」は、事実ではないのです。

本当にないことを心配しているがゆえに味気なく、不完全燃焼に生きざるを得ないともいえます。
お化けにより、苦しめられているのです。

そのお化けは、サービス精神おうせいな人を求めます。
神経症の人の「思い込み」はその人を、サービス精神おうせいな人にしてしまうのです。

モデルに、より述べます。
ある主婦です。とても献身的な女性です。

次回に、さらに述べます。  

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2011年03月26日

神経症の人の「思い込み」 25

お知らせ 東日本大震災の被災者及びご家族、お知り合いに被災者のいらっしゃる方のためにボランティアによる無料の電話によるこころのカウンセリングを行っております。24時間受け付けております。ご利用ください。℡03-5888-7354です。

今日も、神経症の人の「思い込み」を述べます。

神経症の人は、その人なりの「思い込み」に苦しんでいます。
ある人にとってはとても不安になることが、ある人にとってはまったく問題にされません。
逆にある人にとってはまったく問題にされないことが、ある人にとってはとても不安になります。
これはその人なりの「思い込み」が、異なるからです。

それはそれぞれの不安を否定的に支える、「思い込み」があるからです。
それぞれの不安に、それぞれの「思い込み」は対応しています。

特に神経症の人の「思い込み」で多いのは、「見捨てられる不安」です。
自分が誰か、周囲の人から見捨てられることを恐れるのです。
そして「見捨てられる不安」に支配された人は、見捨てられないために生きることになります。

神経症の人は自分の「思い込み」に支配されて、「思い込み」から自分を守るために生きるのです。
カウンセリングは、その「思い込み」からの解放を目的とするものです。

神経症の人はゆがんだ「思い込み」の中で、解決を進めます。
カウンセリングは、その「思い込み」という迷路から解放するものです。

神経症の人に多い「見捨てられる不安」を持つ人は、他者に執着します。
「見捨てられるという思い込み」ゆえの、執着です。

人にたよりがちな態度を、とりがちです。
それは「見捨てられるという思い込み」ゆえの、態度です。

そしてその「見捨てられるという思い込み」は、他者を二つに分けます。
極端に理想化するか、極端に否定化するかです。両極端です。

他者が極端に理想化されると、「この人はたよりがいのある、申し分のない人」
になります。

逆に極端に否定化されると、「この人は他人を利用する、悪い人」
になります。

このように神経症の人の「思い込み」は、両極端なものになりがちです。
中間はありません。しかし現実は、ほぼ中間で動いているのです。

現実はほぼ中間で動いているのに、神経症の人の「思い込み」は両極端なものです。
その結果、現実がチグハグなものになりがちです。

神経症の人の「思い込み」が両極端であるのは、神経症の人がゆがんだ「思い込み」に支配されているからです。よってそのゆがんだ「思い込み」から解放されることが、カウンセリングの目標になります。

その神経症の人の「思い込み」は、性格的な特徴として生活に現れます。
それは、消極さです。

正確には「性格的な消極さ」であり、何ごとにも積極的にはなれません。
このように神経症の人の「思い込み」は、性格も形成します。
「思い込み」そのものが、性格として固定化します。

その性格として固定化した「思い込み」は、強く固定化します。
個人のすべても、決定するようになります。

神経症の人の「思い込み」の解決は、同時に性格の改善も含んでいます。
このように神経症と性格は、関係しています。

神経症の人は「性格的な消極さ」ゆえに、何ごとにも積極的にはなれません。
これは「見捨てられる恐れ」によるものです。
人に頼りがちな行動を、とりがちです。

自分の本当の気持ちを、かくして生きています。
そのために味気なく、不完全燃焼で生きていることが多いのです。

神経症の人は自分自身の「思い込み」により味気なく、不完全燃焼で生きていることが多いのです。
かつその「思い込み」は、事実ではないのです。

本当にないことを心配しているがゆえに味気なく、不完全燃焼に生きざるを得ないともいえます。
お化けにより、苦しめられているのです。

そのお化けは、サービス精神おうせいな人を求めます。
神経症の人の「思い込み」はその人を、サービス精神おうせいな人にしてしまうのです。

モデルに、より述べます。
ある主婦です。とても献身的な女性です。

ただしとても、その生活には受身の姿勢が目だちます。
不完全燃焼な生きかたです。

次回に、さらに述べます。  

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2011年03月27日

神経症の人の「思い込み」 26

お知らせ 東日本大震災の被災者及びご家族、お知り合いに被災者のいらっしゃる方のためにボランティアによる無料の電話によるこころのカウンセリングを行っております。24時間受け付けております。ご利用ください。℡03-5888-7354です。

今日も、神経症の人の「思い込み」を述べます。

神経症の人は、その人なりの「思い込み」に苦しんでいます。
ある人にとってはとても不安になることが、ある人にとってはまったく問題にされません。
逆にある人にとってはまったく問題にされないことが、ある人にとってはとても不安になります。
これはその人なりの「思い込み」が、異なるからです。

それはそれぞれの不安を否定的に支える、「思い込み」があるからです。
それぞれの不安に、それぞれの「思い込み」は対応しています。

特に神経症の人の「思い込み」で多いのは、「見捨てられる不安」です。
自分が誰か、周囲の人から見捨てられることを恐れるのです。
そして「見捨てられる不安」に支配された人は、見捨てられないために生きることになります。

神経症の人は自分の「思い込み」に支配されて、「思い込み」から自分を守るために生きるのです。
カウンセリングは、その「思い込み」からの解放を目的とするものです。

神経症の人はゆがんだ「思い込み」の中で、解決を進めます。
カウンセリングは、その「思い込み」という迷路から解放するものです。

神経症の人に多い「見捨てられる不安」を持つ人は、他者に執着します。
「見捨てられるという思い込み」ゆえの、執着です。

人にたよりがちな態度を、とりがちです。
それは「見捨てられるという思い込み」ゆえの、態度です。

そしてその「見捨てられるという思い込み」は、他者を二つに分けます。
極端に理想化するか、極端に否定化するかです。両極端です。

他者が極端に理想化されると、「この人はたよりがいのある、申し分のない人」
になります。

逆に極端に否定化されると、「この人は他人を利用する、悪い人」
になります。

このように神経症の人の「思い込み」は、両極端なものになりがちです。
中間はありません。しかし現実は、ほぼ中間で動いているのです。

現実はほぼ中間で動いているのに、神経症の人の「思い込み」は両極端なものです。
その結果、現実がチグハグなものになりがちです。

神経症の人の「思い込み」が両極端であるのは、神経症の人がゆがんだ「思い込み」に支配されているからです。よってそのゆがんだ「思い込み」から解放されることが、カウンセリングの目標になります。

その神経症の人の「思い込み」は、性格的な特徴として生活に現れます。
それは、消極さです。

正確には「性格的な消極さ」であり、何ごとにも積極的にはなれません。
このように神経症の人の「思い込み」は、性格も形成します。
「思い込み」そのものが、性格として固定化します。

その性格として固定化した「思い込み」は、強く固定化します。
個人のすべても、決定するようになります。

神経症の人の「思い込み」の解決は、同時に性格の改善も含んでいます。
このように神経症と性格は、関係しています。

神経症の人は「性格的な消極さ」ゆえに、何ごとにも積極的にはなれません。
これは「見捨てられる恐れ」によるものです。
人に頼りがちな行動を、とりがちです。

自分の本当の気持ちを、かくして生きています。
そのために味気なく、不完全燃焼で生きていることが多いのです。

神経症の人は自分自身の「思い込み」により味気なく、不完全燃焼で生きていることが多いのです。
かつその「思い込み」は、事実ではないのです。

本当にないことを心配しているがゆえに味気なく、不完全燃焼に生きざるを得ないともいえます。
お化けにより、苦しめられているのです。

そのお化けは、サービス精神おうせいな人を求めます。
神経症の人の「思い込み」はその人を、サービス精神おうせいな人にしてしまうのです。

モデルに、より述べます。
ある主婦です。とても献身的な女性です。

ただしとても、その生活には受身の姿勢が目だちます。
不完全燃焼な生きかたです。

その不完全燃焼な生きかたの根底には、「見捨てられる恐れ」があります。
その恐れから、人に頼りがちな行動をとりがちだったのです。

次回に、さらに述べます。  

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2011年03月28日

神経症の人の「思い込み」 27

お知らせ 東日本大震災の被災者及びご家族、お知り合いに被災者のいらっしゃる方のためにボランティアによる無料の電話によるこころのカウンセリングを行っております。24時間受け付けております。ご利用ください。℡03-5888-7354です。

今日も、神経症の人の「思い込み」を述べます。

神経症の人は、その人なりの「思い込み」に苦しんでいます。
ある人にとってはとても不安になることが、ある人にとってはまったく問題にされません。
逆にある人にとってはまったく問題にされないことが、ある人にとってはとても不安になります。
これはその人なりの「思い込み」が、異なるからです。

それはそれぞれの不安を否定的に支える、「思い込み」があるからです。
それぞれの不安に、それぞれの「思い込み」は対応しています。

特に神経症の人の「思い込み」で多いのは、「見捨てられる不安」です。
自分が誰か、周囲の人から見捨てられることを恐れるのです。
そして「見捨てられる不安」に支配された人は、見捨てられないために生きることになります。

神経症の人は自分の「思い込み」に支配されて、「思い込み」から自分を守るために生きるのです。
カウンセリングは、その「思い込み」からの解放を目的とするものです。

神経症の人はゆがんだ「思い込み」の中で、解決を進めます。
カウンセリングは、その「思い込み」という迷路から解放するものです。

神経症の人に多い「見捨てられる不安」を持つ人は、他者に執着します。
「見捨てられるという思い込み」ゆえの、執着です。

人にたよりがちな態度を、とりがちです。
それは「見捨てられるという思い込み」ゆえの、態度です。

そしてその「見捨てられるという思い込み」は、他者を二つに分けます。
極端に理想化するか、極端に否定化するかです。両極端です。

他者が極端に理想化されると、「この人はたよりがいのある、申し分のない人」
になります。

逆に極端に否定化されると、「この人は他人を利用する、悪い人」
になります。

このように神経症の人の「思い込み」は、両極端なものになりがちです。
中間はありません。しかし現実は、ほぼ中間で動いているのです。

現実はほぼ中間で動いているのに、神経症の人の「思い込み」は両極端なものです。
その結果、現実がチグハグなものになりがちです。

神経症の人の「思い込み」が両極端であるのは、神経症の人がゆがんだ「思い込み」に支配されているからです。よってそのゆがんだ「思い込み」から解放されることが、カウンセリングの目標になります。

その神経症の人の「思い込み」は、性格的な特徴として生活に現れます。
それは、消極さです。

正確には「性格的な消極さ」であり、何ごとにも積極的にはなれません。
このように神経症の人の「思い込み」は、性格も形成します。
「思い込み」そのものが、性格として固定化します。

その性格として固定化した「思い込み」は、強く固定化します。
個人のすべても、決定するようになります。

神経症の人の「思い込み」の解決は、同時に性格の改善も含んでいます。
このように神経症と性格は、関係しています。

神経症の人は「性格的な消極さ」ゆえに、何ごとにも積極的にはなれません。
これは「見捨てられる恐れ」によるものです。
人に頼りがちな行動を、とりがちです。

自分の本当の気持ちを、かくして生きています。
そのために味気なく、不完全燃焼で生きていることが多いのです。

神経症の人は自分自身の「思い込み」により味気なく、不完全燃焼で生きていることが多いのです。
かつその「思い込み」は、事実ではないのです。

本当にないことを心配しているがゆえに味気なく、不完全燃焼に生きざるを得ないともいえます。
お化けにより、苦しめられているのです。

そのお化けは、サービス精神おうせいな人を求めます。
神経症の人の「思い込み」はその人を、サービス精神おうせいな人にしてしまうのです。

モデルに、より述べます。
ある主婦です。とても献身的な女性です。

ただしとても、その生活には受身の姿勢が目だちます。
不完全燃焼な生きかたです。

その不完全燃焼な生きかたの根底には、「見捨てられる恐れ」があります。
その恐れから、人に頼りがちな行動をとりがちだったのです。

この人は夫を、とても理想化していました。
自分のことを守り、受け入れてくれる人と考えていました。
逆に言えば自分のことを守り受け入れてくれないとすれば、それは自分に責任があると考えたのです。

次回に、さらに述べます。  

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2011年03月29日

神経症の人の「思い込み」 28

お知らせ 東日本大震災の被災者及びご家族、お知り合いに被災者のいらっしゃる方のためにボランティアによる無料の電話によるこころのカウンセリングを行っております。24時間受け付けております。ご利用ください。℡03-5888-7354です。

今日も、神経症の人の「思い込み」を述べます。

神経症の人は、その人なりの「思い込み」に苦しんでいます。
ある人にとってはとても不安になることが、ある人にとってはまったく問題にされません。
逆にある人にとってはまったく問題にされないことが、ある人にとってはとても不安になります。
これはその人なりの「思い込み」が、異なるからです。

それはそれぞれの不安を否定的に支える、「思い込み」があるからです。
それぞれの不安に、それぞれの「思い込み」は対応しています。

特に神経症の人の「思い込み」で多いのは、「見捨てられる不安」です。
自分が誰か、周囲の人から見捨てられることを恐れるのです。
そして「見捨てられる不安」に支配された人は、見捨てられないために生きることになります。

神経症の人は自分の「思い込み」に支配されて、「思い込み」から自分を守るために生きるのです。
カウンセリングは、その「思い込み」からの解放を目的とするものです。

神経症の人はゆがんだ「思い込み」の中で、解決を進めます。
カウンセリングは、その「思い込み」という迷路から解放するものです。

神経症の人に多い「見捨てられる不安」を持つ人は、他者に執着します。
「見捨てられるという思い込み」ゆえの、執着です。

人にたよりがちな態度を、とりがちです。
それは「見捨てられるという思い込み」ゆえの、態度です。

そしてその「見捨てられるという思い込み」は、他者を二つに分けます。
極端に理想化するか、極端に否定化するかです。両極端です。

他者が極端に理想化されると、「この人はたよりがいのある、申し分のない人」
になります。

逆に極端に否定化されると、「この人は他人を利用する、悪い人」
になります。

このように神経症の人の「思い込み」は、両極端なものになりがちです。
中間はありません。しかし現実は、ほぼ中間で動いているのです。

現実はほぼ中間で動いているのに、神経症の人の「思い込み」は両極端なものです。
その結果、現実がチグハグなものになりがちです。

神経症の人の「思い込み」が両極端であるのは、神経症の人がゆがんだ「思い込み」に支配されているからです。よってそのゆがんだ「思い込み」から解放されることが、カウンセリングの目標になります。

その神経症の人の「思い込み」は、性格的な特徴として生活に現れます。
それは、消極さです。

正確には「性格的な消極さ」であり、何ごとにも積極的にはなれません。
このように神経症の人の「思い込み」は、性格も形成します。
「思い込み」そのものが、性格として固定化します。

その性格として固定化した「思い込み」は、強く固定化します。
個人のすべても、決定するようになります。

神経症の人の「思い込み」の解決は、同時に性格の改善も含んでいます。
このように神経症と性格は、関係しています。

神経症の人は「性格的な消極さ」ゆえに、何ごとにも積極的にはなれません。
これは「見捨てられる恐れ」によるものです。
人に頼りがちな行動を、とりがちです。

自分の本当の気持ちを、かくして生きています。
そのために味気なく、不完全燃焼で生きていることが多いのです。

神経症の人は自分自身の「思い込み」により味気なく、不完全燃焼で生きていることが多いのです。
かつその「思い込み」は、事実ではないのです。

本当にないことを心配しているがゆえに味気なく、不完全燃焼に生きざるを得ないともいえます。
お化けにより、苦しめられているのです。

そのお化けは、サービス精神おうせいな人を求めます。
神経症の人の「思い込み」はその人を、サービス精神おうせいな人にしてしまうのです。

モデルに、より述べます。
ある主婦です。とても献身的な女性です。

ただしとても、その生活には受身の姿勢が目だちます。
不完全燃焼な生きかたです。

その不完全燃焼な生きかたの根底には、「見捨てられる恐れ」があります。
その恐れから、人に頼りがちな行動をとりがちだったのです。

この人は夫を、とても理想化していました。
自分のことを守り、受け入れてくれる人と考えていました。
逆に言えば自分のことを守り受け入れてくれないとすれば、それは自分に責任があると考えたのです。

夫はとても自立した人間だと、理想化していました。
自分は、その逆でした。

次回に、さらに述べます。

  

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2011年03月30日

神経症の人の「思い込み」 29

お知らせ 東日本大震災の被災者及びご家族、お知り合いに被災者のいらっしゃる方のためにボランティアによる無料の電話によるこころのカウンセリングを行っております。24時間受け付けております。ご利用ください。℡03-5888-7354です。

今日も、神経症の人の「思い込み」を述べます。

神経症の人は、その人なりの「思い込み」に苦しんでいます。
ある人にとってはとても不安になることが、ある人にとってはまったく問題にされません。
逆にある人にとってはまったく問題にされないことが、ある人にとってはとても不安になります。
これはその人なりの「思い込み」が、異なるからです。

それはそれぞれの不安を否定的に支える、「思い込み」があるからです。
それぞれの不安に、それぞれの「思い込み」は対応しています。

特に神経症の人の「思い込み」で多いのは、「見捨てられる不安」です。
自分が誰か、周囲の人から見捨てられることを恐れるのです。
そして「見捨てられる不安」に支配された人は、見捨てられないために生きることになります。

神経症の人は自分の「思い込み」に支配されて、「思い込み」から自分を守るために生きるのです。
カウンセリングは、その「思い込み」からの解放を目的とするものです。

神経症の人はゆがんだ「思い込み」の中で、解決を進めます。
カウンセリングは、その「思い込み」という迷路から解放するものです。

神経症の人に多い「見捨てられる不安」を持つ人は、他者に執着します。
「見捨てられるという思い込み」ゆえの、執着です。

人にたよりがちな態度を、とりがちです。
それは「見捨てられるという思い込み」ゆえの、態度です。

そしてその「見捨てられるという思い込み」は、他者を二つに分けます。
極端に理想化するか、極端に否定化するかです。両極端です。

他者が極端に理想化されると、「この人はたよりがいのある、申し分のない人」
になります。

逆に極端に否定化されると、「この人は他人を利用する、悪い人」
になります。

このように神経症の人の「思い込み」は、両極端なものになりがちです。
中間はありません。しかし現実は、ほぼ中間で動いているのです。

現実はほぼ中間で動いているのに、神経症の人の「思い込み」は両極端なものです。
その結果、現実がチグハグなものになりがちです。

神経症の人の「思い込み」が両極端であるのは、神経症の人がゆがんだ「思い込み」に支配されているからです。よってそのゆがんだ「思い込み」から解放されることが、カウンセリングの目標になります。

その神経症の人の「思い込み」は、性格的な特徴として生活に現れます。
それは、消極さです。

正確には「性格的な消極さ」であり、何ごとにも積極的にはなれません。
このように神経症の人の「思い込み」は、性格も形成します。
「思い込み」そのものが、性格として固定化します。

その性格として固定化した「思い込み」は、強く固定化します。
個人のすべても、決定するようになります。

神経症の人の「思い込み」の解決は、同時に性格の改善も含んでいます。
このように神経症と性格は、関係しています。

神経症の人は「性格的な消極さ」ゆえに、何ごとにも積極的にはなれません。
これは「見捨てられる恐れ」によるものです。
人に頼りがちな行動を、とりがちです。

自分の本当の気持ちを、かくして生きています。
そのために味気なく、不完全燃焼で生きていることが多いのです。

神経症の人は自分自身の「思い込み」により味気なく、不完全燃焼で生きていることが多いのです。
かつその「思い込み」は、事実ではないのです。

本当にないことを心配しているがゆえに味気なく、不完全燃焼に生きざるを得ないともいえます。
お化けにより、苦しめられているのです。

そのお化けは、サービス精神おうせいな人を求めます。
神経症の人の「思い込み」はその人を、サービス精神おうせいな人にしてしまうのです。

モデルに、より述べます。
ある主婦です。とても献身的な女性です。

ただしとても、その生活には受身の姿勢が目だちます。
不完全燃焼な生きかたです。

その不完全燃焼な生きかたの根底には、「見捨てられる恐れ」があります。
その恐れから、人に頼りがちな行動をとりがちだったのです。

この人は夫を、とても理想化していました。
自分のことを守り、受け入れてくれる人と考えていました。
逆に言えば自分のことを守り受け入れてくれないとすれば、それは自分に責任があると考えたのです。

夫はとても自立した人間だと、理想化していました。
自分は、その逆でした。

その自立した性格ゆえに、夫は自分から離れていくかもしれないと心配しました。
そのことに対しても、自分はまったく無力です。

次回に、さらに述べます。  

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