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2015年09月02日

神経症の人が生活にゆとりをとり戻す方法 617

お知らせ 東日本大震災の被災者及びご家族、お知り合いに被災者のいらっしゃる方のためにボランティアによる無料の電話によるこころのカウンセリングを行っております。24時間受け付けております。ご利用ください。℡03-5888-7354です。

「神経症の人が生活にゆとりをとり戻す方法」として、「職業上の不安」を述べます。

「社会的損失の不安」とは経済的、社会的にいまの地位を失う不安です。
誰でも、将来に不安はあります。客観化するだけでも、不安から距離はとれます。

これは「職業上の不安」にも通じるものです。
次に「職業上の不安」を述べます。

いま「職業上の不安」はとても多いのです。
これは不景気による、失業の心配が土台にあります。

どうしても、職業上の不安は広まりがちです。
その不安に、多くの人がのみ込まれそうになります。

のみ込まれれば、おぼれます。
自分を見失います。

さらに技術の進歩も、職業上の不安を広めます。
急激な技術進歩の世界を、私たちは生きています。

急激な技術進歩の世界では、自分が学んだことは常に古臭いものになっていくのです。
私たちはそんな技術進歩を、追いかけて生きています。

技術進歩は、新しいもの好きな人により支えられています。
興味によって、支えられています。

興味そのものに、成熟はありません。
若さだけです。

働くことが、成熟と結びついていません。
若さによる興味だけが、暴走します。

働くこと=成熟
働くことが、成熟とイコールであれば理想的です。

しかし現実は
働くこと=興味 であり 働くこと≠成熟 です。

これが逆になればいいのです。
それは 働くこと=成熟 です。

ただし現実は、逆方向であることが多いのです。
それが困難を強めます。

ところが人のこころの発達は、成熟に向かいます。
発達にも、見放されていると言えます。

働くことが心の成熟に向かわないで、興味に向かっています。
よって心の発達にも、見放されるのです。

根なし草のような状態になります。
そこに気付かない、生きにくさが潜んでいます。

根なし草であれば、根なし草を自覚すれば良いのです。
それを自覚できないことに、生きにくさが潜んでいます。

その自覚から、スタートすれば良いのです。
ただし、それほど強靭な自我を持った人は少ないのです。

だから、現代社会に多くの問題が発生します。
これが現実です。

現実に職業上の評価は多くの場合上司や、お客さんの評価です。
その人たちも、気持ちの不安定な人が多いのです。

気持ちの不安定な人が評価します。
だから困ります。

そのときの気分しだいであることが多いのです。
特にサービス業は、そうです。

都市化すればするほど、サービス業中心になります。
成熟から、遠ざかります。

その結果、自分の技能の向上は二の次になります。
他者の顔色ばかり、うかがうことになります。

常に上司も自分も、神経をとがらせます。
その結果、非生産的に疲れます。

他者の顔色ばかり、うかがう疲れだけが残ります。
自分の身は、削られるだけです。

たとえればハンドボールの試合で、審判の笛が怪しいと感じます。
そのときファイトは弱まります。

フェアーな試合ではないと感じます。
そのために、さらにファイトは弱まります。

次回に、さらに述べます。
  

Posted by counselor at 10:59Comments(0)カウンセリング

2015年09月04日

神経症の人が生活にゆとりをとり戻す方法 618

お知らせ 東日本大震災の被災者及びご家族、お知り合いに被災者のいらっしゃる方のためにボランティアによる無料の電話によるこころのカウンセリングを行っております。24時間受け付けております。ご利用ください。℡03-5888-7354です。

「神経症の人が生活にゆとりをとり戻す方法」として、「職業上の不安」を述べます。

「社会的損失の不安」とは経済的、社会的にいまの地位を失う不安です。
誰でも、将来に不安はあります。客観化するだけでも、不安から距離はとれます。

これは「職業上の不安」にも通じるものです。
次に「職業上の不安」を述べます。

いま「職業上の不安」はとても多いのです。
これは不景気による、失業の心配が土台にあります。

どうしても、職業上の不安は広まりがちです。
その不安に、多くの人がのみ込まれそうになります。

のみ込まれれば、おぼれます。
自分を見失います。

さらに技術の進歩も、職業上の不安を広めます。
急激な技術進歩の世界を、私たちは生きています。

急激な技術進歩の世界では、自分が学んだことは常に古臭いものになっていくのです。
私たちはそんな技術進歩を、追いかけて生きています。

技術進歩は、新しいもの好きな人により支えられています。
興味によって、支えられています。

興味そのものに、成熟はありません。
若さだけです。

働くことが、成熟と結びついていません。
若さによる興味だけが、暴走します。

働くこと=成熟
働くことが、成熟とイコールであれば理想的です。

しかし現実は
働くこと=興味 であり 働くこと≠成熟 です。

これが逆になればいいのです。
それは 働くこと=成熟 です。

ただし現実は、逆方向であることが多いのです。
それが困難を強めます。

ところが人のこころの発達は、成熟に向かいます。
発達にも、見放されていると言えます。

働くことが心の成熟に向かわないで、興味に向かっています。
よって心の発達にも、見放されるのです。

根なし草のような状態になります。
そこに気付かない、生きにくさが潜んでいます。

根なし草であれば、根なし草を自覚すれば良いのです。
それを自覚できないことに、生きにくさが潜んでいます。

その自覚から、スタートすれば良いのです。
ただし、それほど強靭な自我を持った人は少ないのです。

だから、現代社会に多くの問題が発生します。
これが現実です。

現実に職業上の評価は多くの場合上司や、お客さんの評価です。
その人たちも、気持ちの不安定な人が多いのです。

気持ちの不安定な人が評価します。
だから困ります。

そのときの気分しだいであることが多いのです。
特にサービス業は、そうです。

都市化すればするほど、サービス業中心になります。
成熟から、遠ざかります。

その結果、自分の技能の向上は二の次になります。
他者の顔色ばかり、うかがうことになります。

常に上司も自分も、神経をとがらせます。
その結果、非生産的に疲れます。

他者の顔色ばかり、うかがう疲れだけが残ります。
自分の身は、削られるだけです。

たとえればハンドボールの試合で、審判の笛が怪しいと感じます。
そのときファイトは弱まります。

フェアーな試合ではないと感じます。
そのために、さらにファイトは弱まります。

ところが完全なものは、どこにもありません。
ある種、不完全で当然です。

次回に、さらに述べます。
  

Posted by counselor at 10:39Comments(0)カウンセリング

2015年09月10日

神経症の人が生活にゆとりをとり戻す方法 619

お知らせ 東日本大震災の被災者及びご家族、お知り合いに被災者のいらっしゃる方のためにボランティアによる無料の電話によるこころのカウンセリングを行っております。24時間受け付けております。ご利用ください。℡03-5888-7354です。

「神経症の人が生活にゆとりをとり戻す方法」として、「職業上の不安」を述べます。

「社会的損失の不安」とは経済的、社会的にいまの地位を失う不安です。
誰でも、将来に不安はあります。客観化するだけでも、不安から距離はとれます。

これは「職業上の不安」にも通じるものです。
次に「職業上の不安」を述べます。

いま「職業上の不安」はとても多いのです。
これは不景気による、失業の心配が土台にあります。

どうしても、職業上の不安は広まりがちです。
その不安に、多くの人がのみ込まれそうになります。

のみ込まれれば、おぼれます。
自分を見失います。

さらに技術の進歩も、職業上の不安を広めます。
急激な技術進歩の世界を、私たちは生きています。

急激な技術進歩の世界では、自分が学んだことは常に古臭いものになっていくのです。
私たちはそんな技術進歩を、追いかけて生きています。

技術進歩は、新しいもの好きな人により支えられています。
興味によって、支えられています。

興味そのものに、成熟はありません。
若さだけです。

働くことが、成熟と結びついていません。
若さによる興味だけが、暴走します。

働くこと=成熟
働くことが、成熟とイコールであれば理想的です。

しかし現実は
働くこと=興味 であり 働くこと≠成熟 です。

これが逆になればいいのです。
それは 働くこと=成熟 です。

ただし現実は、逆方向であることが多いのです。
それが困難を強めます。

ところが人のこころの発達は、成熟に向かいます。
発達にも、見放されていると言えます。

働くことが心の成熟に向かわないで、興味に向かっています。
よって心の発達にも、見放されるのです。

根なし草のような状態になります。
そこに気付かない、生きにくさが潜んでいます。

根なし草であれば、根なし草を自覚すれば良いのです。
それを自覚できないことに、生きにくさが潜んでいます。

その自覚から、スタートすれば良いのです。
ただし、それほど強靭な自我を持った人は少ないのです。

だから、現代社会に多くの問題が発生します。
これが現実です。

現実に職業上の評価は多くの場合上司や、お客さんの評価です。
その人たちも、気持ちの不安定な人が多いのです。

気持ちの不安定な人が評価します。
だから困ります。

そのときの気分しだいであることが多いのです。
特にサービス業は、そうです。

都市化すればするほど、サービス業中心になります。
成熟から、遠ざかります。

その結果、自分の技能の向上は二の次になります。
他者の顔色ばかり、うかがうことになります。

常に上司も自分も、神経をとがらせます。
その結果、非生産的に疲れます。

他者の顔色ばかり、うかがう疲れだけが残ります。
自分の身は、削られるだけです。

たとえればハンドボールの試合で、審判の笛が怪しいと感じます。
そのときファイトは弱まります。

フェアーな試合ではないと感じます。
そのために、さらにファイトは弱まります。

ところが完全なものは、どこにもありません。
ある種、不完全で当然です。

でてくる人も社会も、不完全です。
それが完成に近づくプロセスを生きています。

次回に、さらに述べます。
  

Posted by counselor at 10:47Comments(0)カウンセリング

2015年09月15日

神経症の人が生活にゆとりをとり戻す方法 620

お知らせ 東日本大震災の被災者及びご家族、お知り合いに被災者のいらっしゃる方のためにボランティアによる無料の電話によるこころのカウンセリングを行っております。24時間受け付けております。ご利用ください。℡03-5888-7354です。

「神経症の人が生活にゆとりをとり戻す方法」として、「職業上の不安」を述べます。

「社会的損失の不安」とは経済的、社会的にいまの地位を失う不安です。
誰でも、将来に不安はあります。客観化するだけでも、不安から距離はとれます。

これは「職業上の不安」にも通じるものです。
次に「職業上の不安」を述べます。

いま「職業上の不安」はとても多いのです。
これは不景気による、失業の心配が土台にあります。

どうしても、職業上の不安は広まりがちです。
その不安に、多くの人がのみ込まれそうになります。

のみ込まれれば、おぼれます。
自分を見失います。

さらに技術の進歩も、職業上の不安を広めます。
急激な技術進歩の世界を、私たちは生きています。

急激な技術進歩の世界では、自分が学んだことは常に古臭いものになっていくのです。
私たちはそんな技術進歩を、追いかけて生きています。

技術進歩は、新しいもの好きな人により支えられています。
興味によって、支えられています。

興味そのものに、成熟はありません。
若さだけです。

働くことが、成熟と結びついていません。
若さによる興味だけが、暴走します。

働くこと=成熟
働くことが、成熟とイコールであれば理想的です。

しかし現実は
働くこと=興味 であり 働くこと≠成熟 です。

これが逆になればいいのです。
それは 働くこと=成熟 です。

ただし現実は、逆方向であることが多いのです。
それが困難を強めます。

ところが人のこころの発達は、成熟に向かいます。
発達にも、見放されていると言えます。

働くことが心の成熟に向かわないで、興味に向かっています。
よって心の発達にも、見放されるのです。

根なし草のような状態になります。
そこに気付かない、生きにくさが潜んでいます。

根なし草であれば、根なし草を自覚すれば良いのです。
それを自覚できないことに、生きにくさが潜んでいます。

その自覚から、スタートすれば良いのです。
ただし、それほど強靭な自我を持った人は少ないのです。

だから、現代社会に多くの問題が発生します。
これが現実です。

現実に職業上の評価は多くの場合上司や、お客さんの評価です。
その人たちも、気持ちの不安定な人が多いのです。

気持ちの不安定な人が評価します。
だから困ります。

そのときの気分しだいであることが多いのです。
特にサービス業は、そうです。

都市化すればするほど、サービス業中心になります。
成熟から、遠ざかります。

その結果、自分の技能の向上は二の次になります。
他者の顔色ばかり、うかがうことになります。

常に上司も自分も、神経をとがらせます。
その結果、非生産的に疲れます。

他者の顔色ばかり、うかがう疲れだけが残ります。
自分の身は、削られるだけです。

たとえればハンドボールの試合で、審判の笛が怪しいと感じます。
そのときファイトは弱まります。

フェアーな試合ではないと感じます。
そのために、さらにファイトは弱まります。

ところが完全なものは、どこにもありません。
ある種、不完全で当然です。

でてくる人も社会も、不完全です。
それが完成に近づくプロセスを生きています。

不完全なものが、完成に近づくプロセスを生きています。
私たちも社会も、全てがそうです。

次回に、さらに述べます。
  

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2015年09月17日

神経症の人が生活にゆとりをとり戻す方法 621

お知らせ 東日本大震災の被災者及びご家族、お知り合いに被災者のいらっしゃる方のためにボランティアによる無料の電話によるこころのカウンセリングを行っております。24時間受け付けております。ご利用ください。℡03-5888-7354です。

「神経症の人が生活にゆとりをとり戻す方法」として、「職業上の不安」を述べます。

「社会的損失の不安」とは経済的、社会的にいまの地位を失う不安です。
誰でも、将来に不安はあります。客観化するだけでも、不安から距離はとれます。

これは「職業上の不安」にも通じるものです。
次に「職業上の不安」を述べます。

いま「職業上の不安」はとても多いのです。
これは不景気による、失業の心配が土台にあります。

どうしても、職業上の不安は広まりがちです。
その不安に、多くの人がのみ込まれそうになります。

のみ込まれれば、おぼれます。
自分を見失います。

さらに技術の進歩も、職業上の不安を広めます。
急激な技術進歩の世界を、私たちは生きています。

急激な技術進歩の世界では、自分が学んだことは常に古臭いものになっていくのです。
私たちはそんな技術進歩を、追いかけて生きています。

技術進歩は、新しいもの好きな人により支えられています。
興味によって、支えられています。

興味そのものに、成熟はありません。
若さだけです。

働くことが、成熟と結びついていません。
若さによる興味だけが、暴走します。

働くこと=成熟
働くことが、成熟とイコールであれば理想的です。

しかし現実は
働くこと=興味 であり 働くこと≠成熟 です。

これが逆になればいいのです。
それは 働くこと=成熟 です。

ただし現実は、逆方向であることが多いのです。
それが困難を強めます。

ところが人のこころの発達は、成熟に向かいます。
発達にも、見放されていると言えます。

働くことが心の成熟に向かわないで、興味に向かっています。
よって心の発達にも、見放されるのです。

根なし草のような状態になります。
そこに気付かない、生きにくさが潜んでいます。

根なし草であれば、根なし草を自覚すれば良いのです。
それを自覚できないことに、生きにくさが潜んでいます。

その自覚から、スタートすれば良いのです。
ただし、それほど強靭な自我を持った人は少ないのです。

だから、現代社会に多くの問題が発生します。
これが現実です。

現実に職業上の評価は多くの場合上司や、お客さんの評価です。
その人たちも、気持ちの不安定な人が多いのです。

気持ちの不安定な人が評価します。
だから困ります。

そのときの気分しだいであることが多いのです。
特にサービス業は、そうです。

都市化すればするほど、サービス業中心になります。
成熟から、遠ざかります。

その結果、自分の技能の向上は二の次になります。
他者の顔色ばかり、うかがうことになります。

常に上司も自分も、神経をとがらせます。
その結果、非生産的に疲れます。

他者の顔色ばかり、うかがう疲れだけが残ります。
自分の身は、削られるだけです。

たとえればハンドボールの試合で、審判の笛が怪しいと感じます。
そのときファイトは弱まります。

フェアーな試合ではないと感じます。
そのために、さらにファイトは弱まります。

ところが完全なものは、どこにもありません。
ある種、不完全で当然です。

でてくる人も社会も、不完全です。
それが完成に近づくプロセスを生きています。

不完全なものが、完成に近づくプロセスを生きています。
私たちも社会も、全てがそうです。

そう考えれば、不満も弱まります。
そこから、再スタートしましょう。

次回に、さらに述べます。
  

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2015年09月28日

神経症の人が生活にゆとりをとり戻す方法 622

お知らせ 東日本大震災の被災者及びご家族、お知り合いに被災者のいらっしゃる方のためにボランティアによる無料の電話によるこころのカウンセリングを行っております。24時間受け付けております。ご利用ください。℡03-5888-7354です。

「神経症の人が生活にゆとりをとり戻す方法」として、「職業上の不安」を述べます。

「社会的損失の不安」とは経済的、社会的にいまの地位を失う不安です。
誰でも、将来に不安はあります。客観化するだけでも、不安から距離はとれます。

これは「職業上の不安」にも通じるものです。
次に「職業上の不安」を述べます。

いま「職業上の不安」はとても多いのです。
これは不景気による、失業の心配が土台にあります。

どうしても、職業上の不安は広まりがちです。
その不安に、多くの人がのみ込まれそうになります。

のみ込まれれば、おぼれます。
自分を見失います。

さらに技術の進歩も、職業上の不安を広めます。
急激な技術進歩の世界を、私たちは生きています。

急激な技術進歩の世界では、自分が学んだことは常に古臭いものになっていくのです。
私たちはそんな技術進歩を、追いかけて生きています。

技術進歩は、新しいもの好きな人により支えられています。
興味によって、支えられています。

興味そのものに、成熟はありません。
若さだけです。

働くことが、成熟と結びついていません。
若さによる興味だけが、暴走します。

働くこと=成熟
働くことが、成熟とイコールであれば理想的です。

しかし現実は
働くこと=興味 であり 働くこと≠成熟 です。

これが逆になればいいのです。
それは 働くこと=成熟 です。

ただし現実は、逆方向であることが多いのです。
それが困難を強めます。

ところが人のこころの発達は、成熟に向かいます。
発達にも、見放されていると言えます。

働くことが心の成熟に向かわないで、興味に向かっています。
よって心の発達にも、見放されるのです。

根なし草のような状態になります。
そこに気付かない、生きにくさが潜んでいます。

根なし草であれば、根なし草を自覚すれば良いのです。
それを自覚できないことに、生きにくさが潜んでいます。

その自覚から、スタートすれば良いのです。
ただし、それほど強靭な自我を持った人は少ないのです。

だから、現代社会に多くの問題が発生します。
これが現実です。

現実に職業上の評価は多くの場合上司や、お客さんの評価です。
その人たちも、気持ちの不安定な人が多いのです。

気持ちの不安定な人が評価します。
だから困ります。

そのときの気分しだいであることが多いのです。
特にサービス業は、そうです。

都市化すればするほど、サービス業中心になります。
成熟から、遠ざかります。

その結果、自分の技能の向上は二の次になります。
他者の顔色ばかり、うかがうことになります。

常に上司も自分も、神経をとがらせます。
その結果、非生産的に疲れます。

他者の顔色ばかり、うかがう疲れだけが残ります。
自分の身は、削られるだけです。

たとえればハンドボールの試合で、審判の笛が怪しいと感じます。
そのときファイトは弱まります。

フェアーな試合ではないと感じます。
そのために、さらにファイトは弱まります。

ところが完全なものは、どこにもありません。
ある種、不完全で当然です。

でてくる人も社会も、不完全です。
それが完成に近づくプロセスを生きています。

不完全なものが、完成に近づくプロセスを生きています。
私たちも社会も、全てがそうです。

そう考えれば、不満も弱まります。
そこから、再スタートしましょう。

もう一つ、見えざる敵がいます。
それは、完ぺき主義です。

次回に、さらに述べます。
  

Posted by counselor at 10:26Comments(0)カウンセリング